単焦点レンズかズームレンズか

 今更ですが写真がもっと旨くなりたい想いが、ここ数年徐々に強くなっています。
そこで先輩諸氏に習い単焦点レンズ、しかも標準レンズを多用したり、非常に背景がよくボケる大口径レンズを試してきました。映像が新鮮に感じられ楽しんでいましたが、ある日パソコンで写真をチェックしていると、「変わり映えしないな」「全然わくわくしていないな」という印象を、さっき撮ってきた写真に感じました。

では、便利ズームではどうだ! と今度はズーム1本で1日過ごしてみると、今までよく理解していなかった、私自身がカメラを向けるきっかけを知ることが出来ました。

 最近は時々カメラを持って山歩きをしていますが、その時その時感じる事物全般に画角や距離感や色彩ではなく、スッと惹かれたときに脈絡なくカメラを向けているようです。そんな行き当たりばったりの私が、単焦点レンズという決められた画角に縛られていたのかもしれません。結果的に心引かれる被写体に反応できない事がストレスになっていたようです。

 一番大事にすべきことは自分の心のザワつきを見逃さないことと、今更ながら再確認出来ました。暫くは便利ズームと単焦点1本の2段構えで、修行を続けたいと思っています。

掲載した写真は、CANONのピクチャースタイルエディターという仕組みをベースにした、「梅雨色」という表現を具体化したく、小雨の中撮影してきた「美咲花山園」での写真です。
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写真機材の進化を見続けてきて
 私が写真を生業とした頃は、まだまだポジフィルム撮影の全盛期で、ここ一番の撮影は4X5インチフィルムで撮影する事が当然の時代でした。ISO感度はせいぜい400までで、商品写真でも数秒の露出時間は当たり前の時代です。その後デジタルカメラが出現し、近いうち簡単にフィルムに取って代わるだろうが、精密な写真のためには大型フィルムは残り続けると感じていました。しかし10年たってみればフィルムの存在は影が薄く多くの仕事はデジタルカメラに置き換わってゆきました。しかし、高感度での撮影は苦手でISO1600にでもすれば、ノイズだらけの惨憺たる結果であったことを記憶しています。さらにカメラは進化を続け、Nikon D1等初期のデジタル一眼レフから20年を越えるころには、フィルムは市場から姿を消し、画素数は5000万画素をゆうに超え、ISO感度は実用上で10,000以上となり一応の進化を遂げた印象です。AFは顔認識、瞳認識を人だけでなく動物にまで広げています。

シットリとナチュラルに風景を捉えたいと感じて仕上げた結果です。。う〜ん 何か足りないなー

このようにカメラの技術が一定の目標を達成したのが2020年ではないかと感じています。スペック上は実用上十分以上の性能を持つようになったカメラが、今後目指すべき方向はどこのあるのでしょうか。交換レンズはどんどん高性能で高額になり、欠点の無い数値上は見事な撮影機材が、お金だけ出せば入手出来る時代となりました。
 相反するように写真を生業とする私たちにとって、撮影する行為自体に「わくわく感」「高揚感」「達成感」などが薄れてゆきます。原因は「こんな写真が撮りたい」「仕上がりはこんな風にしたい」等の、撮影前ビジョンが無くても、一定の仕上がりが得られたかのような錯覚に陥る事ではないでしょうか。
誰でも押せば撮れてしまう機材と、Aiで勝手に仕上げてくれる画像加工アプリの台頭で、ネット上は一見それらしい写真であふれています。40年写真撮影を仕事にしてきて、ふつふつと原因不明の居心地の悪さを感じ、今更ながら「さらなる精進」が必要と強く感じています。

見慣れた感のあるHDR加工を加えた写真。インパクトはありますが現場で感じた感情は消えています

また、改めてモノクロ写真の雄弁さを感じます。削ぎ落とした先に見えるものは、作者の抱いた感情でありたいと強く感じます。まずは自分の心の襞に注意して写真に向かいたいものです。

下津井電鉄跡の「風の道」で感じた思いには、最終的にモノクロが一番雄弁でした。

—–続く

好きな写真はカレンダーに

 折々に撮影した好きな写真があっても、パソコンの中に埋もれてしまい、飾らないといつの間にか心から消えてゆき、見返す機会が殆どないことに気づいたのです。数年前まで年末になると恒例行事のように、気に入ったカレンダーを探しては購入していたのですが、自分でカレンダーを作って写真のある空間の楽しさを感じるようになって、全く購入しなくなりました。昨年のカレンダーを一分掲載します。

1月1枚のカレンダーをA3にプリントして部屋に張っていると、自分の写真に対する感じ方が変化したように思えるときがあります。
自分の写真と向き合うことは自分と向き合うことでもあり、豊かな気持ちにさせてくれます。

下津井散歩

少し暖かかな日に、単焦点レンズ数本を持って下津井を散歩してきました。幾度となく歩いた町ですが、目にとまる景色はその都度違うようです。
無理矢理「絵にしないで」小さく心が動いた瞬間を、ゆっくりと息をするように捉えました。

水仙の花が港町を見下ろしていました。古い町の路地を優しいネコたちと散歩する、優しい時間が流れていました。

一歩進めたかもしれません

 先に大口径レンズを使う話を書きましたが、今日の山歩きでは予備で持参した標準ズームの出番は無く、F0.95のレンズで終日通せました。写真って使う道具で「何が見えるか」とか「何を見たいか」が変化するようです。しばらく使っていると、こんな写真を撮らなくてはという思い入れは無いはずなのに、自然と変化しているようです。

35mm F0.95 絞り開放で撮影
35mm F0.95 絞り開放で撮影

道具が感覚を引き出してくれるということはあり得ることと思いますが、自分の感覚の引き出しに転換するためには、永久抗体を作る様に身体に憶えさせる時間が必要ですね。
今は撮影する事がとても楽しいのです。

とにかくピントの浅いレンズに魅せられています

広告写真を生業として長くやってきましたが、そのためかピントがしっかり合っていて、垂直水平線はまっすぐで歪みなく撮影する事が、良い写真に必須のようになっていました。安価で非常に大口径の浅い被写界深度が楽しめるレンズにようやく出会うことが出来ました。

トータルホーム様展示場にて撮影 楠田佳子

デジタルカメラの進化で、鮮やかな色彩やキリリとした細部描写に頼りがちで、何を撮影しているのか分からなくなっていた部分も否定できません。しかし、こういったレンズによって、巷に多く見かける「空気」「雰囲気」「時間」を感じる写真を体感し、撮影を楽しむことが出来ました。まだまだ勉強ですね。